春は出会いと別れの季節。住み慣れた故郷を離れ、新天地に飛び込む人たちも大勢いることでしょう。
ここにもひとり、自分自身を成長させるため、新しい扉を叩こうとしている少女がいました。
引用:『花降り宿のやどかり乙女』第1話
扉を叩くって、そういう意味じゃないですが…。
「まんがタイムきららキャラット」で大堀ユタカさんが連載中の、『花降り宿のやどかり乙女』。
1月27日に、単行本1巻が発売されます。
きらら系列の雑誌では、ゲストとして2・3話を掲載したあと、読者の反応が良ければ連載開始という流れが一般的ですが、この作品は即新連載、しかも2本立てというロケットスタートぶりが話題になりました。
家業を継ぐため、一流旅館で修行に励む
高校1年生の千歳六花(ちとせ・りっか)がやって来たのは、歴史ある温泉街「玖瀬(くぜ)の町」に建つ九条屋旅館。
彼女の実家は民宿を経営しているものの繁盛しておらず、老舗旅館である九条屋の接客術を学びに来たのでした。
仲居修行に取り組むのはもちろん、ときに学校帰りに町を探索したり、ときに朝市へ見学に出かけたりと、六花は玖瀬の町での生活を満喫します。
引用:『花降り宿のやどかり乙女』第5話
温泉旅館が舞台なだけあって、サービスシーンも自然に(?)挿入される。
九条屋を訪れた翌日、六花が最初に任された仕事は庭掃除でした。
新人の自分にはまだ目立つ仕事はもらえないか、と六花は気落ちしますが、九条屋の娘である雪が手を抜かずに庭を掃いているのを見て、考えを改めます。
旅館に泊まりに行けば、庭や部屋の清掃が行き届いていて、お腹が空いたころにおいしいご飯が出てくるのは当たり前。
けれどそれは、見えないところで毎日掃除をしている裏方の人たちや、新鮮な食材を卸す市場の人たちがいるからこそ。
六花の家の民宿が儲かっていなかったのは、こうした「当たり前」をおろそかにしていたからなのかもしれません。
引用:『花降り宿のやどかり乙女』第2話
甘やかしはしないが、突き放しもしない。月子の指導方針がうかがえる。
旅館での修行というと、女将や先輩仲居に厳しくしごかれる印象がありますが、この作品にはそういった描写はありません。
半人前なのは仕方ないとしても、六花は自分の欠点にきちんと気づき、反省し、そして改善しようとする心構えを持っています。
そんな姿を知っているため、女将の月子や、娘の雪も、彼女が何か失敗したからといって頭ごなしに叱ったりはしない。
私たちもまた、月子や雪と同じ目線に立ち、一生懸命修行に打ち込む六花を暖かく見守りましょう。
やどかり乙女に花が舞う
いかにも訳ありな『花降り宿のやどかり乙女』というタイトルですが、その意味が明かされるのは物語の中盤に入ってからです。
「やどかり乙女」は、だいたい察しがつく通り、六花のこと。
ヤドカリは成長するにつれて、体の大きさに合わせた貝殻に引っ越しをするそうです。
それは、貝殻のサイズまでしか大きくなれないということでもあり、適当な貝殻が見つからない場合、外敵に食べられたりして死んでしまいます。
引用:『花降り宿のやどかり乙女』第8話
ヤドカリは、イソギンチャクと共生関係を結ぶこともある。六花の存在は、九条屋の側にも利益を与えているのかもしれない。
また、引っ越し先の貝殻が大きすぎると身動きが取れなくなってしまうため、それはそれで問題です。
いかにして、今より少しだけ大きい貝殻を見つけられるか。
九条屋は、雑誌にもたびたび紹介されるほどの有名旅館ですが、女将の月子は六花の母親と知り合いなので何かと融通が利く。
雪も六花と同い年で、先輩仲居として六花の面倒を見る一方、親元を離れて暮らす彼女の友達でもあり、姉代わりでもあります。
六花にとって、九条屋は自分をほどよく成長させてくれる、理想的な「宿」だったのでしょう。
引用:『花降り宿のやどかり乙女』第13話
お皿を割る、道に迷うなどのミスもまだまだ多い。それでも六花の表情は日々たくましくなっていく。
もう一方の、「花降り宿」。これは九条屋、および玖瀬の町のイベント「花降り灯籠」を指します。
毎年6月から7月の期間に開催されていて、温泉街に色とりどりの灯籠が飾られ、幻想的な光景を作り出すそうです。
修行を通してひと回り成長した六花が、花びらの舞い落ちるような灯籠の明かりに照らされる。
この作品のタイトルを象徴するクライマックスの場面は、必見です。