新人バーテンダーの小田倉花(おだくら・はな)が働く、「ウルス・ブラン」。
そのお店は、弟がオーナーとして出資し、兄がマスターとして切り盛りする、どこにでもあるごく普通のバーでした。
マスターがシロクマであること以外は……。
引用:『シロクマはシェーカーを振れません』1巻3ページ
殴りたい、この笑顔。
佐倉色さんが「まんがタイムファミリー」で連載中の、『シロクマはシェーカーを振れません』。
2月7日に、待望の単行本第1巻が発売されました。
グルメマンガブームの昨今でも珍しい、バーテンダーマンガ
幼いころに出会ったバーテンダーのようになりたくて、沖縄から単身東京にやって来た花。
しかし、20歳なのに中学生に間違われるほどの低身長・童顔が災いし、どこのバーでも雇ってもらえません。
なんとか転がり込んだ「ウルス・ブラン」も、マスターはお酒の種類が分からないし、オーナーの芳(かおる)はやたらと突っかかってくる。
踏んだり蹴ったりな環境ですが、バーを訪れるお客さんたちのために、花はシェーカーを振ります(タイトル通り、マスターは振れないので)。
引用:『シロクマはシェーカーを振れません』1巻21ページ
割り方ひとつでフレーバーも変わる。「4コマ」といっても、ギャグ4コマやストーリー4コマがあるようなものだろうか。
カクテルには、数千、あるいはそれ以上の種類があると言われています。
ベースとなるお酒や、そこに加える飲料によって、無限のバリエーションがあるからです。「チューハイ」も、広い意味ではカクテルと呼べるかもしれません。
そんな奥深いカクテルの世界と、バーという俗世から切り離された空間にいる人たちの姿が、シンプルながらも色気のあるかわいい絵柄で描かれた1冊です。
新人かベテランかなんて、お客さんには関係ない
まだ20歳であるにもかかわらず、いつ勉強したのかと思うくらい花はお酒の知識が豊富です。
何と混ぜればお酒の個性を最大限に引き出せるかはもちろん、お客さんが口に出さない好みや悩みを読み取り、一人ひとりに合ったカクテルを提供する観察眼も備えています。
その腕前は、いつも憎まれ口を叩く芳からも、バーテンダーに必要な4つの材料(「勤勉」「努力」「心配り」「探求」)が揃っていると認められているほど。
彼女に欠点があるとすればひとつだけ。幼い容姿ではなく、自分が未熟であることを隠せない誠実さでしょう。
引用:『シロクマはシェーカーを振れません』1巻71ページ
ありもしない嘘をつけ、という意味ではない。マンガ家にも、ライターにも、すべての職業に当てはまる言葉だ。
酒が入ったお客さんの心ない一言に傷つき、自信を失った花に、芳は「プロとしての演技」をすることを説きました。
お金を払ってもらった時点で、未熟だろうと新人だろうとプロはプロ。反省や努力は見えないところですればいい。
その考えは、私の愛読書である『眩(くらら)』の、「三流の玄人でも、一流の素人に勝る」という台詞に通じるものがあります。
中学生にしか見えない花が、「大人っぽさ」の象徴ともいえるバーテンダーを目指す。そこに、作者の佐倉色さんが込めたメッセージを感じずにはいられません。
……で、結局どうしてシロクマ?
バーの名前である「ウルス・ブラン」は、フランス語で「シロクマ」という意味です(ours:熊、blanc:白)。
由来はもちろん、マスターがシロクマだから……というわけではなく、マスターたちの父親がかつて経営していたバーの名前を受け継いだとのこと。
そもそも、マスターは自分のことをシロクマだと思っていません(クマっぽい見た目の人間だと思っている)。
引用:『シロクマはシェーカーを振れません』1巻44ページ
鋭いクチバシ……もとい眼光が、ただものではない雰囲気を漂わせる。
よくある出オチ設定? かと思いきや、中盤にはなんと他店のペンギンのマスターまで登場します。
シロクマとペンギンに共通するのは、氷。そして、氷はカクテルに欠かせない要素。
今後のストーリーに関わる秘密が隠されているのか、1周回ってやっぱり出オチなのか。花の成長だけでなく、こちらにも要注目です。