※この記事は、2020年8月28日に公開された「WHAT’s IN? tokyo」(現在は終了)からの転載記事です。
2020年、芳文社が創立70周年を迎えた。日本初の週刊マンガ誌「週刊漫画TIMES」、日本初の4コマ専門誌「まんがタイム」など、他社に先がけて新しいジャンルの雑誌を生み出し、マンガ業界の中で存在感を示してきた同社。特に2002年に創刊された「まんがタイムきらら」は、日本国内のみならず海外にもファンが多い「日常系」作品群の源流にもなっている。
新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、かつての「当たり前の日常」はもはや過去のものになろうとしている。70周年の節目を迎え、芳文社はこれからの時代にどのように対応していくのか。「新しい生活様式」という言葉も使われるようになった今、日常の尊さを読者に伝えてきたきららが果たすべき役割とは何か。まんがタイムきらら系列誌の編集長を務める小林宏之氏に話を聞いた。
取材・文 / ましろ
社会に貢献する志を持ち、新しいことにチャレンジしてきた70年間
──3大出版社(講談社、小学館、集英社)やKADOKAWAグループに比べると決して規模は大きくない芳文社が、70年間事業を続けられた要因は何だと思いますか?
当社の長い歴史の中で、私が知っているのは入社してからの20数年ほどですが、要因と呼べそうなものは2つあると思っています。
ひとつは、「マンガという万人に親しめるメディアを活用し、世の中を風刺し啓発し、日本中を明るくする」という当社の出版理念。私が入社してまんがタイム編集部に配属されたときも、当時の編集長だった古島(當夫)から、「雑誌とは社会の公器であることを認識しなければならない」「編集者は社会に貢献する志と使命感を持たなければならない」と何度も言われました。きららの作品は今もそういう思いで作っていますし、おそらく「週刊漫画TIMES」や「まんがタイム」も同じはずで。だからこそ70年もの間、社会の人々に当社のマンガを必要としていただけたのではないでしょうか。
もうひとつは……大げさな言い方になりますが、当社のフロンティア精神。「週刊漫画TIMES」は日本初の週刊マンガ誌、「コミックmagazine」(1988年休刊)は日本初の青年マンガ誌、「まんがタイム」は日本初の4コマ誌、そして「まんがタイムきらら」は萌え4コマだけを集めた初めての雑誌と、芳文社は常に新しいことにチャレンジしてきた歴史があるんです。現状に満足しない姿勢、挑戦し続けることを良しとする企業風土も、70年間この業界で生き残ってきた要因だと考えています。
──2019年には、マンガアプリ「COMIC FUZ」もリリースされました。これも、芳文社クラスの出版社としては珍しい気がします。
うちくらいの規模の出版社が自社アプリを運営することは、当然リスクにもなり得ます。作品だけ作って、外部のプラットフォームに提供するほうが効率的なのかもしれません。しかし、やはり版元である以上、雑誌と同じように電子の世界でも自分たちで発表媒体を持つ必要があると感じていました。
今読んでも面白い過去の作品を、新しい作品とフラットに並べることのできる電子書籍のポテンシャルは、先日実施した創立70周年記念キャンペーン(※)でも感じましたね。
※2020年7月10日~7月16日の期間、主要な電子書籍ストアで1000冊以上のコミックスが1冊70円で販売されたキャンペーン。期間中はKindleストアのランキングTOP100のほとんどを芳文社の作品が独占した。
──海外展開のビジョンについてもお聞かせください。
「CGDCT」(Cute Girls Doing Cute Things:かわいい女の子たちがかわいいことをする)という言葉が生まれたように、海外でもきらら作品は一定の需要があると見込んでいます。我々としては、「KIRARA」という言葉で表現してほしい気持ちもあるのですが……(笑)。翻訳版の書籍はどうしても部数が限られてきますし、アニメだけでなく原作のマンガを直接海外のファンに届けられる方法がないか、検討している最中です。
4コマに多様性を見出そうとしていたきららが、多様性のなさの象徴になってしまっていた
──小林さんは、2002年の「まんがタイムきらら」創刊時から一貫して編集長を務められています。きららを立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。
当時の周辺状況からお話しすると、私が当社に入社したのが1996年、そして出版業界は翌年の1997年をピークにいわゆる「出版不況」と呼ばれる時代に入ります。特に雑誌が売れなくなってきていて、他の出版社は雑誌の赤字をコミックスの売上によって利益回収する収益構造への転換が整っていった時期でした。
一方、当社の屋台骨は劇画誌の「週刊漫画TIMES」と4コマ誌の「まんがタイム」であり、これらは働いている方が通勤中や休憩中に読んで、読み終わったらすぐ捨ててしまう類の雑誌でした。雑誌で一度だけ読めばいいという読者さんも多く、コミックスの需要がなかった。時代の流れから、我々もコミックスが売れる作品を生み出さなければならないと感じていたものの、当社の場合はそれよりも先にコミックスが売れる作品を発表する雑誌を作る必要があったんです。
──萌え系の4コマだけを集めた雑誌を作るというのは、前例のない挑戦だったと思います。
私は、今日の4コマの源流は『サザエさん』だと思っています。登場人物それぞれにフルネームと性格と関係性があって、あたかも磯野家の人たちは我々と同じ世界にいる存在だと思わせてくれる。4コマがキャラクターを見せる手法として優れていることは、きららを創刊するよりずっと前にすでに『サザエさん』が示してくれていたんです。
そして、2000年ごろ秋葉原で萌えブームが始まるわけですが、萌えといえば何よりもまずキャラクターじゃないですか。「4コマ」と「萌え」、意外と相性がいいんじゃないかと感じ、アキバ系の作品に詳しい人間を中心にきららの企画をまとめていきました。
──4コマに馴染みのない方の中には、「どうしてきららってこんなに種類があるんだろう?」と疑問に感じている方もいると思います。きらら系列誌の特色とは何でしょうか?
「まんがタイムきららMAX」は、意識的に尖った作品を多く掲載するようにしているところがあります。『ぼっち・ざ・ろっく!』がまさにそうで、読者さんにも次にくるのはこの作品だと思われているのではないでしょうか。「まんがタイムキャラット」はキャラクターのかわいさを押し出した作品が集まっている、世間一般の方が考える「きらら」のイメージに一番近い雑誌かもしれません。
そして「まんがタイムきらら」本誌には、純粋にギャグが面白い4コマが揃っていると思います。当社の出版理念にもあるように、「笑い」と「遊び」の精神が芳文社のマンガの根底にはあって、それはきららにも脈々と受け継がれているはずだし、これからも受け継いでいかなければいけない。萌え系4コマとはいえ、特にきらら本誌にはこれからも笑いの部分を追求し続けてほしいですね。
──創刊前に思い描いていたビジョンと、実際に創刊してからのきららの姿を比較して感じたことはありますか?
これは2010年ごろ特に感じていたことなのですが、「女子高生」があそこまできららの代名詞になるとは想定していませんでした。創刊前の企画書にはむしろ「SF」や「ファンタジー」という言葉を使っていて、今までのファミリー4コマが描いてこなかった題材を積極的に取り入れていこうという趣旨の雑誌だったんです。
ただ、最初に『ひだまりスケッチ』がアニメ化し、『けいおん!』、『GA 芸術科アートデザインクラス』と続いていって、きららといえば女子高生4・5人の学園ものという印象が我々の想像以上に強くなってしまった。もっと4コマに多様性を見出そうと思って企画したきららが、いつの間にか多様性のなさの象徴みたいになってしまっていたんですね。どこかで一度その固定観念を壊して、新しいきららの形を作らなければいけないと思い、2011年に「まんがタイムきららミラク」を創刊しました。
──ミラクのキャッチコピーは「もっと自由に、4コマを。」というものでしたが、きららの原点に立ち返る意味も込められていたんですね。
初期のきららって、いい意味でおかしな作品がたくさんありましたからね。ミラクの場合も、4コマや、そもそもマンガを描いた経験がないイラストレーターさんを中心に声をかけ、従来の枠組みにとらわれない4コマを描いてもらいました。日常の中にSF要素が入り込んだ『月曜日の空飛ぶオレンジ。』、女子高生ものだけどアクション要素もある『Good night! Angel』、目覚めない人たちが訪れるファンタジー世界が舞台の『夜森の国のソラニ』。あるいは『桜Trick』のように、ガールズラブの方向に振り切ってみたり。片方の足は「笑い」と「魅力的なキャラクター」というきららのコンセプトを踏襲しつつ、もう片方の足をどこまで遠くまで広げて踏ん張れるかに挑戦してみたかったんです。
──ミラクには魅力的な作品が多かったので、2017年に休刊したのは残念でした。これは、きららに多様性を取り戻すという役割を果たしたと判断されたからなのでしょうか。
先ほど「雑誌は公器である」と言ったように、読者に求められる限り雑誌は出し続けなければならないと考えています。なので、休刊したのは売上が厳しかったからということになるのですが……個人的によかったと思っているのは、ミラク出身の作家さんが今も第一線で活躍されていることです。あfろ先生は「COMIC FUZ」で描かれていますし、柊 ゆたか先生、はりかも先生、タチ先生……春日 歩先生に川井マコト先生もですね。そういった、今までにないタイプの作家さんを輩出できた点で、ミラクはきららの中でも重要な立ち位置の雑誌でした。
「まんがタイムきらら展」、そこから得た気づき
──2018年からは「まんがタイムきらら展」が開催されています。こちらの開催経緯についてもお聞かせください。
2015年に産経新聞社さんが「蒼樹うめ展」を開催された縁で、うちと産経さんにつながりが生まれました。「蒼樹うめ展」が終わったあと、別の作家さんの個展についても検討したのですが、もうすぐきららが独立創刊15周年を迎えるというのが私の頭の中にあって。ちょうどスマートフォンゲーム「きららファンタジア」の企画も動き始めていましたし、アニメやゲームを飛び越えて、現実の世界できらら全体の展覧会をやったら面白いんじゃないかと思ったのがきっかけです。
──第1回の東京展は特に大盛況だったと思われます。その成功によって、翌年以降も開催される流れができたのでしょうか。
そうですね。いつでもどこでも楽しめるマンガやアニメと違い、展覧会は期間も場所も限られるじゃないですか。ありがたいことに全国にきららの読者さんはいるわけで、東京だけで終わらせたくないという気持ちは最初からありました。今こういう状況なので先の話はなかなかできませんが、来年以降も可能な限り各地を回っていきたいと考えています。
──東京、大阪ときて、今年の開催地が新潟だったのが少し意外でした。
新潟って、マンガ文化がすごく熱い土地なんですよ。有名な作家さんも多く輩出されていて、きらら展に参加されている方だと牛木義隆先生や袴田めら先生も新潟出身です。同人イベントの「ガタケット」も毎年開催されていますし、マンガ文化を広めたいという情熱を持った方がたくさんいて。今年のきらら展も、そういった方々とタッグを組んで運営させてもらっています。
──今年特有の事情だと、新型コロナウイルス感染症対策にもかなり注意されたのではないでしょうか。
オペレートは現地スタッフにお任せしている部分も多いですが、相当気を使ってやっていただいていると思います。マスクの着用や消毒、検温の呼びかけはもちろん、密にならないよう展示作品の間隔を広く取ったり、一度に会場に入る人数を調整したり……。スタッフだけでなく、来場者の方々のご協力もあって、前期の会期は大きな問題もなく終えることができました。
──新潟の会場をご覧になって、小林さんはいかがでしたか?
東京で開催したときは、あまりに混雑しすぎて「何とかならないのか」とお叱りをいただいたこともありました。ただ、ソーシャルディスタンスが保たれた新潟の会場を見て回って……不謹慎かもしれませんが、東京展のあの雰囲気が少し懐かしくなったというか。大勢の人が集まって好きなものを一緒に眺めるのって、本当はすごく難しいことだったんだなと感じましたね。そういう幸せって、ちょっとしたきっかけで簡単に壊れてしまうんだと。
──「新しい生活様式」ということも盛んに言われ始め、今は友達や家族とも距離を取ることが求められるようになりました。女の子たちの密接な距離感を描いてきたきらら作品は、今後どのように変化していくと思いますか?
このような状況になったからといって、きららが描いてきた人と人の関係性が否定されたわけではないと思っています。むしろ、多くの人がその大切さを再認識したのではないでしょうか。その上で、自分自身の幸せと相手の幸せ、社会全体の幸せをいかにして両立させていくかを一人ひとりが課題として持ち始めているのではないかと。
我々もまだ答えは出せていませんが、願わくばきららの中から、これからの社会の在り方のモデルケースになる作品を生み出したい。それが70年間経った今も、当社が事業を続けている意味につながると信じています。
「きらら」の概念を壊してくれる作家を常に求めている
──これからの時代に、きらら編集部が求める作家像を教えてください。
きららの概念を壊してくれる方。これは今に限った話ではなく、きららを立ち上げたとき、ミラクを創刊したときから一貫していて。極端に言えば、既存のヒット作を否定するくらいの気概を持って、「きらら」というブランドを新しい価値観で上書きしてくれるような作家さんを常に求めています。
──人気作の模倣ではなく、「これをきららに載せていいのか」と思ってしまうような意外性のある作品ということですか?
そこが難しいところでもあって……。矛盾するかもしれませんが、「きららじゃないもの」を描いても、今のきららを否定したことにはならないんです。新しくもありつつ、「だけどこれってたしかにきららだよね」と思えるような作品が、きららを塗り替えてくれる才能だと考えています。
──仰っていることは何となくわかるのですが、すごく難しいことのような気がします。
最近だと、『ゆるキャン△』がまさにそうでした。あの作品を読んで新しいなと感じたのは、キャラクターたちがそれぞれに自分だけの居場所を持っているところです。第1話でリンとなでしこが出会ってふたりでキャンプするわけですけど、第2話以降は何事もなかったかのようにリンはソロキャンパーに戻り、なでしこは野外活動サークルに入部する。
きららの作品というと、4・5人の女の子がぎゅっと集まっているビジュアルがまず思い浮かぶじゃないですか。それ自体は、人と人が交流する価値であったり素晴らしさを体現しているのですが、読者さんも作家さんも心のどこかで「でもそれだけじゃなくてもいいよね」と思っていたはずで。みんなが薄々と感じていたものの、うまく言葉にできなかった価値観を初めて形にしたのが『ゆるキャン△』だったんじゃないかと。
──なるほど。
一方で、『ゆるキャン△』はそれまでのきららをすべて否定したわけではありません。自分と相手のスペースを尊重しつつも、SNS上ではいつもつながっているし、会いたいと思ったらすぐに会いに行ってみんなでキャンプもする。そういったつかず離れずの距離感が、微妙な違いではあるものの明らかに新しいきららマンガだったと思っています。
──相手を大切に思うからこそ距離を保つという考え方は、ソーシャルディスタンスにも通じる気がします。まだ答えは出せていないと先ほど仰っていましたが、ある意味『ゆるキャン△』がこれからの時代のモデルケースになり得るのではないでしょうか。
もちろん、『ゆるキャン△』の価値観が唯一のものではないし、色々な考えがあっていいと思っています。それは作家さんが普段、世の中をどのように見ているかという意識の表れでもあって。時代の半歩先を読んで社会に提示してくれる作家さんが、またきららから出てきてくれると嬉しいですね。
まんがタイムきらら展 in 新潟
■会期(現在は終了)
前期:2020年7月4日(土)~8月16日(日)
後期:2020年8月22日(土)~10月4日(日)
※前期と後期の展示内容は一部変わります
■会場
新潟市マンガ・アニメ情報館
■開館時間
午前11時~午後7時
※土・日・祝日は午前10時開館。入場は閉館の30分前まで
■入場料
当日券:一般 1,200円/中高生 900円/小学生 700円(すべて税込)
※小中学生は土・日・祝日無料
※常設展示も観覧可
※有料20名様以上の団体は2割引き
※中高生のお客様は、入館の際に生徒手帳・学生証等をご提示ください
※障がい者手帳・療育手帳をお持ちの方及び一部介助者は無料(受付で手帳をご提示ください)
※未就学児は入場無料ですが、保護者(18歳以上)の方がご同伴下さい
※新潟市マンガ・アニメ情報館のみ販売
■入場特典
新潟会場限定オリジナルミニクリアファイル(A5サイズ)
※有料入館者のみ
※入場特典は展覧会会場にて入場時にお渡しします
■主催
まんがタイムきらら展 in 新潟実行委員会
(新潟市/BSN 新潟放送/芳文社/産経新聞社/新潟市マンガ・アニメ情報館)
■オフィシャルサイト
http://www.kiraraten.jp/
■オフィシャルTwitter
@kiraraten_jp