大学入学と同時に上京してきた柊木茶子(ひいらぎ・ちゃこ)。住んでいたアパートが取り壊されることになり、未経験者可・住み込みOKという条件に惹かれ、とあるクリーニング店でアルバイトを始めます。
しかし、そこの店長は鬼でした。怖いという意味ではなく、文字通りの……。
引用:『鬼桐さんの洗濯』(「まんがライフオリジナル」2017年5月号42ページ)
「まんがライフオリジナル」で連載中の、『鬼桐さんの洗濯』。単行本1巻が、明日8月27日に発売されます。
作者のふかさくえみさんの前作『今日のノルマさん』とは打って変わって、あやかしが人間界で人間たちとなかよく暮らす世界を描いた、現代ファンタジーもの。
ただ、ふかさくえみさんは過去にも『マルラボライフ』など、日常と非日常をおりまぜた作品を数多く発表されているため、これが本来の作風ともいえそうです。
「鬼の居ぬ間に」ならぬ、鬼がいる洗濯屋さん
「洗濯屋鬼桐」の店長、鬼桐シオ子(おにぎり・しおこ)。
鬼の彼女がどうしてクリーニング店をやっているかというと、遠い昔、鬼桐家の祖先が神様を怒らせてしまい、刑を免れる代わりに洗濯屋を営む契約をさせられたから。「罪をすすぐ」意味もあったのかもしれません。
ただ、鬼桐さん自身はそれを罰とは思っておらず、誇りを持って仕事に取り組んでいます。店員の茶子だけでなく、お客さんに対しても厳しい態度で接する姿は、まさに鬼。
だけど、甘いものが好き、魚の目玉が苦手など、愛らしい一面も。鬼かわいい。
引用:『鬼桐さんの洗濯』(「まんがライフオリジナル」2017年9月号8ページ)
店頭幕におまじないがかかっているため、「洗濯屋鬼桐」には基本的に人間は入ってこれません。その代わり、普通のクリーニング店を利用できない、人間以外のお客さんがひっきりなしに訪れます。
魔王、吸血鬼、人魚、雪女、はてには鯉のぼりや番傘……。「個性的」という一言では片づけられない顔ぶれですが、汚れた服(あるいは自分自身)をきれいにしたいと思っているのはみんな同じ。
引用:『鬼桐さんの洗濯』(「まんがライフオリジナル」2017年7月号62ページ)
彼らの期待に応えるために奮闘する鬼桐さんと茶子の姿を描いたお仕事もの。人間の茶子と、鬼桐さんや人外のお客さんたちとの心温まるふれあいを描いた異種交流もの。様々な視点で楽しめる作品です。
水で洗うだけがクリーニングではない
クリーニング店が舞台なだけあって、本作には実生活でも役立つ洗濯知識がいくつも紹介されています。
服についた花粉は、水で洗うとベトベトになってかえって落ちにくくなること。塩素系と酸素系の洗剤を混ぜると有毒ガスが発生するという話は知っている人も多いと思いますが、厳密には塩素系とpH5以下の酸性(塩酸、酢、クエン酸など)であること。などなど。
鬼桐さんは、お店に持ち込まれた汚れの特性を完璧に理解し、最適なクリーニング方法を駆使して次々に汚れを落としていきます。
クリーニング店を営む彼女にとって、汚れは最も憎むべきもの。だからこそよく観察し、個々に合ったアプローチを取る必要がある。
それは、クリーニングだけでなく、他者とのコミュニケーションにも当てはまるのではないでしょうか。
引用:『鬼桐さんの洗濯』(「まんがライフオリジナル」2018年4月号163ページ)
「洗濯屋鬼桐」にはかつて、トキエさんという人が働いていました。3年前に亡くなり、入れ替わるように茶子がやってきたとのこと。
鬼桐さんやお客さんにも毅然とした態度で接し、お店の経営を軌道に乗せたという立役者。自分にそんなトキエさんの代わりは務まらないと茶子は落ち込みますが、鬼桐さんは「茶子をトキエの代わりだなんて思ったことない」と、バッサリ切り捨てます。
たしかに茶子には、トキエさんのようなクリーニングの知識も、鬼桐さんを差し置いてお店を取りしきる威厳もありません。けれど、未経験の仕事にも積極的に取り組む前向きさや、どんな種族のお客さんともなかよくなれる天性の人柄が備わっています。
茶子はトキエさんにはなれない。トキエさんもまた茶子にはなれない。代わりと思うこと自体が失礼にあたる。
不器用な鬼桐さんの言葉には、彼女なりの優しさが詰まっているのです。
引用:『鬼桐さんの洗濯』(「まんがライフオリジナル」2017年12月号35ページ)
「洗濯」というテーマを通して、見た目や価値観の違う人たちと関わっていくことの大切さも描かれている本作。
読み終わったあとは、洗いたての服を着たときのようにすっきりした気分になっているはずです。……スベった? すみません、水に流してください。